戦前の新潟まつりと花火の栄光・三尺玉

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戦前 新潟の花火は全国有数の規模!新潟っ子自慢のものでした

新潟花火のルーツ「川開き」
「新潟まつり」は、昭和30年にそれまで別々の催しであった「住吉祭」「川開き」「開港記念祭」「商工祭」を統合して再出発したものです。
新潟花火は、この「川開き」に遡ります。「川開き」と呼ばれていた花火は、明治19年に架設された初代萬代橋を記念して開かれた「橋祭り」の行事がルーツです。この祭りに合わせて、花火を打ち上げたのは明治21年のこと。萬代橋の一部にござを敷きつめ観覧席とし、下流から打ち上げられる花火を楽しんだといいます。さらに、橋の欄干には灯りを吊るし、今で言うところの“イルミネーションの夜景”を出現させたので大評判となり、大いに賑わいを呈したそうです。
その後5年ほどで一旦中断しますが、明治42年には有志により川開協会が創設され「川開き」となり、翌43年には「住吉祭」も復興し大規模な祭りへと発展していきます。

 昭和8年「新潟情緒」  昭和8年「萬代橋からのスターマイン」


こちらの絵葉書も昭和8年のものですが、スタンプにご注目ください。「三尺玉 二尺玉 尺玉スターマイン」とあります。また、戦前は8月22、23日だったのですね。ちなみに現在のような8月初旬に変わるのは昭和58年からです。

戦前は新潟でも三尺玉が打ち上げられていた! 新潟の大型花火の歴史
明治時代から始まった川開き花火はその後、全国煙火競技大会を開催し大正5年からは二尺玉が打ち上げられるようになります。そして大正13年の羽越線全通記念博覧会協賛の全国煙火競技大会には地元の花火師の精鋭から初めて三尺玉が打ち上げられ!!全国の同業者たちの“度肝を抜き”、また煌びやかな尺玉スターマインは全国に“其の比を見ない”とまでに称えられ評判を呼んだと伝えられています。ただし、この三尺玉は二尺六寸とも二尺五寸とも言われており、その後大正15年に長岡で打ち上げれた三尺玉が「正三尺玉」です。(明治24年に片貝で打ち上げられた三尺玉も実寸は二尺六寸程度と言われている)
しかし、昭和12年に中国で戦争が始まり、昭和13年には国家総動員法が発令され、その後の花火も中止となります。
全国に名を轟かせたという大正13年から昭和12年までの新潟での三尺玉(昭和4,5年頃は3尺玉は一時中断)は現在では知る人ぞ知る記憶で、残念ながら遠い歴史の中に忘れ去られてしまいました。

大正時代に三尺玉を打ち上げた地元花火師とは

新潟の花火師のルーツは愛知
こちらは、戦前最後の新潟花火、昭和12年の打ち上げ番付表です。花火の愛称が世相を反映し興味深いですが、花火の大きさと花火師さんの名前に注目してみます。小さな文字です。

「坂井」「小泉」といった名前が読めます。

三尺、二尺、尺玉スターマイン、大仕掛けなどはすべて「小泉さん」となっています。

新潟には明治の頃から数軒の花火屋さんがありました。番付表にある小泉煙火店が今では一軒のみとなった現在の「新潟煙火工業株式会社」さんで、大正時代に新潟で初めて三尺玉を打ち上げた花火師さんなのです。
2010年8月8日の新潟日報の記事を引用しますと・・・小泉家は江戸時代末期、新潟市古町3番町で米穀商と水運業を営んでいた。1868年の戊辰戦争で船舶ごと官軍に徴用され、長岡まで軍需物資の輸送にあたった。船に残った黒色火薬に興味を持ち、見よう見まねで花火を作ったのが小泉仁太郎氏。家業の傍ら道楽で花火製造を始めた。仁太郎氏は花火の盛んな愛知県などへ荷物を運んでいくと、身分を隠して花火師の見習いをした。「当時は色の出し方ひとつ、他人には教えない時代。偽名を使って転々としながら花火作りを覚えたようだ」・・・
昭和7年のスタンプがある絵葉書です。真ん中が三尺玉、左右が二尺でしょうか。
当新潟ハイカラ文庫では、新潟煙火工業さんを勝手ながら応援しています。
この夏も、数々の花火で我々の心を熱くさせてくれることを!
「新潟煙火工業株式会社」さんのホームページ

戦後の花火は

戦後まもなく復活するも、都市化で大型が上げられなくなる
昭和21年には川開きが再開。昭和22年には進駐軍から花火の許可も出て復活しますが、家屋密集などを理由に大型花火は上げられなくなります。今では尺玉さえ上げることができません。戦前は日本一とまで謳われた新潟花火ですが大変残念です。(阿賀野川ござれや花火では広い川幅を生かして二尺玉の打ち上げがありますね。)

最後に・・・新潟花火が日本一と云われていた大正〜昭和初期の絵葉書

大正5年の全国煙火競技大会
まつり当夜に開催された花火大会の様子と萬代橋のイルミネーション

“日本一”の文字がはいった絵葉書(大正時代)
はっきりした年号は不明ですが上のものと同じくらいと推測されます。二代目萬代橋のシルエットが見て取れます。

昭和7年のスタンプ入り
「新潟川開」と題した袋入りの絵葉書です。
すべてに1銭5厘切手と新潟7.8.23の風景印が表か裏に押されています。 袋の表に新潟川開の文字と萬代橋、裏に「川開に就て」という説明が載っている珍しい絵葉書輯です。定価金拾銭。

左:大連発船江の四季 右:萬代橋・・・橋の真ん中は軌道敷になってますよね。

左:住吉祭 右:尺玉スターマイン