いにしえの灯り展 2013/10/8〜10/20
旧齋藤家別邸の夜間開館「新潟 竹あかり 花あかり」に協力。関連企画「いにしえの灯り展」と題して、江戸時代からの灯具の変遷を展示しました。行灯に無尽灯(油のあかり)、ホヤ付き燭台(ろうそくのあかり)、座敷ランプに豆ランプ(石油のあかり)、アセチレンランプ(ガスのあかり)と盛りだくさん。一番の見どころは装飾性豊かなガラス製の座敷ランプの数々。そして小さな豆ランプも人気でした。
商家の箪笥展 2013/9/7〜10/4
旧小澤家住宅で「商家の箪笥展」を開催しました。幕末〜戦前に越後佐渡や近県で造られ、使われていた商家の箪笥。店先で使われていた帳場箪笥や車箪笥、廻船で使われた船箪笥、航海用具なども展示しました。全国の箪笥産地の中で越後佐渡及び東北の箪笥は際立って魅力的です。こういった北日本の箪笥の隆盛は日本海沿岸地域の北前船の物流に伴う大きな経済力が一因でした。また、京・大阪と繋がることで新しい文化や技術がいち早く入り、この地方独特の質実な民芸風な箪笥が育ちました。新潟を代表する商家小澤家の店先が、まるで当時に戻ったような雰囲気でした。
ビジュアル アーカイブス 萬代橋 2013/8/23〜9/16
毎年8月下旬に開催されている「萬代橋誕生祭」を勝手に応援!勝手に協賛!で「ビジュアル・アーカイブス・萬代橋」と題した企画展を開催しました。誕生祭は現在の三代目萬代橋の竣工と年齢をメインに謳っていますが、この企画展では、明治19年に架橋された初代萬代橋から“127周年”。日本一の長さを誇った初代萬代橋からの来歴をビジュアルなマテリアルから考えてみました。特に、明治〜昭和まで時代ごとに展示した古地図は、信濃川の埋め立てと橋長の変化が見て取れ興味を惹いたようでした。(会場:旧齋藤家別邸)
戦前の新潟花火 歴史とポスター展 2013/8/1〜8/23
戦前は“日本一”とまで謳われた新潟まつりの花火。当時は「川開き」といいました。昭和初期のポスターや花火番組表などを旧齋藤家別邸の広間に展示しました。
萬代橋と芸妓の姿は今も昔も変わらないモチーフです。今回は市政施行60周年記念の花火ポスターや戦前の長岡花火番組表、花火鑑賞の栞、片貝花火の番付表なども併せて展示をしました。「古きを訪ねて新しきを創る」!これからの新潟花火を応援しております。
レトロな団扇と扇風機展 2013/6/25〜7/21
日本の夏を彩るゆらぎの風「うちわ」とレトロな扇風機を、涼風抜ける旧齋藤家別邸の広間に展示しました。
古くから日本では夏の涼として団扇が活躍してきました。一般に普及し始めたのは江戸時代でしょうが、その彩りを高めたのは江戸後期の浮世絵の影響でした。団扇に描かれたのは流行の美人や役者絵でした。やがて明治になると団扇絵は引札・チラシと同様に広告媒体として発展します。団扇や見本帳の絵を見ると江戸時代から現代まで、団扇絵の代表は美人画です。戦後は歌手や映画スターまで、その時代の美人の変遷を見るような楽しさがあります。団扇本体は昨今すっかり骨がプラスチックに変わってしまいました。日本は世界に冠たる竹文化の国です。竹と和紙の織りなす、しなやかさは日本的なゆらぎの風を送るには必須の材質でした。時代が変わり竹の団扇は一部でしか見れなくなりつつあります。風にも質があることを古い団扇は教えてくれます。本物がどんどん消えていくのはさびしいことです。
古の新潟花街展〜藤村先生を偲んで 2013/6/13〜16
新潟花街を精力的に研究してこられ、関連著書や講演も多くあった藤村誠先生の功績を今一度市民の皆様にご紹介し、さらに後世へ伝えていくことを目的とし、旧齋藤家別邸(中央区西大畑町)とギャラリー蔵織(中央区西堀前通1)で企画展を開催しました。藤村論文にとりあげられた資料を中心に展示しました。
湊にいがた 雛人形・町めぐり 2013年2月上旬〜4月上旬
雛人形展も今年で9回目になりました。メディアシップのオープンもあり、例年になく多くのお客様の「雛人形に対する歴史的興味」をかき立てたようです。「新潟の歴史=人や文化の交流」「交易地新潟に残る古い雛人形」を今後も受け継いでいかなくてはなりません。
今年は秣川岸通の「珈琲 涼蔵」さんが展示会場に加わりました。蔵を改装したカフェで、古くから愛玩された人形に囲まれていただくコーヒーは本当にホッとしますね。
当グループでは、・旧齋藤家別邸 ・旧小澤家住宅 ・小さな美術館“季” ・ギャラリー蔵織 ・今代司酒造を中心に展示を行いました。また、旧小澤家住宅では江戸時代のからくり人形も展示。週末に行った動態実演には今年も多くのお客様にお集まりいただき、講師の日根さん(越後大郷からくり館館長)の飄々とした爆笑トークに盛り上がりました。日根さんのからくり実演は県立自然科学館でも定期的に開催されています。
新潟と空の歴史展 2013/2/17〜3/3
今年は新潟県で初めて飛行機が飛んでから100年の節目の年です。新潟空港で開催される企画展に展示協力、資料提供しています。「航空」をキーワードに、新潟の空にまつわる歴史を、資料や写真とともに当時の時代背景や世相も織り交ぜ振り返る4回シリーズ。第1回目は、シリーズの序説として、日本と新潟の航空黎明期である明治〜大正時代、「万代島飛行場」開設以前の様子を取り上げています。
第2回 5月頃予定 「新潟に飛行場ができた」
(万代島飛行場開設〜太平洋戦争終戦)
第3回 7月頃予定 「戦争が終わった、空港が戻ってきた」
(終戦〜新潟地震)
第4回 9月頃予定 「そして、現代(いま)」
(新潟地震〜現ターミナルオープン)
旧小澤家住宅 旅行展 2013/2/7〜2/14
旧小澤家住宅の道具蔵にて開催された「旅行展」に展示協力しました。古いトランクや新潟の宿屋に関する資料などを提供しました。
新春 招き猫・福助展 & 土人形展 2013/1/4〜1/27
新春に福招き。旧齋藤家別邸での「招き猫・福助展」、ギャラリー蔵織での「土人形展」に協力しました。江戸期に花開き、現代まで日本の郷土文化の一つとして子供から大人まで、遊びに商売に大いに庶民に愛されてきたキャラクターたちが勢揃いしました。真っ黒になったり、欠けたりしながらも、まだまだ遊び足りないような人形たちの癒しの力を感じていただけたことと思います。神様だったり、福の神だったり、友達だったり・・・いちばん身近な縁起ものたちです。
新潟 竹あかり花あかり 2012/10/26〜10/30
旧齋藤家別邸と北方文化博物館新潟分館で、月が美しいと知られる十三夜を中心に、期間限定の夜間開館と庭園ライトアップが行われました。
室内では「越後大郷からくり館」のからくり人形師「日根之和」さんの「からくり灯篭」と「立版古」の実演が行われ好評でした。「新潟ハイカラ文庫」も古い蝋燭や油を使う行灯や燭台、ランプなどを持参して実際に点灯して宴に華を添えました。(10月26日、30日)からくり灯篭はロウソクの灯りで粋な影絵を楽しむもので「蛍灯篭」や「狐の行列」など遊び心あふれる江戸の文化を見るようです。
立版古は錦絵を切りぬいて芝居小屋、風呂屋、建物や街並みや人物までを起こし絵として組み立てて行く江戸時代のジオラマです。和ろうそくの揺らぎの中でみる立版古は正に谷崎潤一郎のいう「陰翳礼讃」の世界の再現で、闇の中で浮かび上がる日本の色気を感じます。古い灯火器は言葉でしか感じることのできなかった古い灯りを実際に点灯して実感してもらいました。
こういった本格的な日本住宅である旧齋藤家別邸は日本の古い灯火器が良く似合い、豊かな風情を感じることが出来ました。
和ガラス展 -江戸の粋から明治のハイカラ- 2012/7/12〜7/24
ギャラリー蔵織にて開催しました。江戸後期から明治・大正期の食器、ランプ類まで50点を展示。公称50点ですが、その倍以上の点数が展示されていたような・・・!?ガラスが日本で自由に造られ使われ始めた江戸時代中期頃から、広く実用化されていく明治時代への変遷には、日本人ならではの美的感覚が随所に潜んでいます。
展示は短い期間でしたが、その後もこちらのブログで続々紹介しています。
「和ガラス展」1=江戸のガラスと明治のガラス
「和ガラス展」2=明治・大正のガラス1
「和ガラス展」3=明治・大正のガラス2、プレスガラスと氷コップ
「和ガラス展」4=カキ氷の器
「和ガラス展」5=「硝子器 カタローグ」-柏崎硝子製造所より、昭和初期
「和ガラス展」6=金魚玉と金魚鉢
新潟古時計物語展+蓄音機展 2012/6/9〜6/30
6月10日の「時の記念日」です。昨年好評だった古時計展を今年も開催しました。ギャラリー蔵織を会場に、大正時代に発展した「置時計」を中心に展示を行いました。昨年は明治時代の「掛時計」中心でした。大正時代には生活のスタイルも多様化、もちろん経済的にも豊かになり置時計の文化が発展します。装飾性、機能性、そして大量生産による経済性など、「時」が生活にさらに浸透していく時代です。展示も百花繚乱の様相でした。
また、同時期に開花したもう一つの文明の利器「蓄音機」の数々も展示しました。大きなラッパがたくさん並んで壮観でしたね。
そして、新潟の街にはまだまだ現役で頑張っている古時計たちがたくさんあります。「街に生きる古時計」と題して、時計探しの町あるきも提案しました。レストランや時計屋さん、蔵を改装したカフェなど素敵な空間で時を刻み続ける古時計。みなさんも探してみてください。
にいがたの近代建築 2012/4/21〜6/10
みなとぴあ(新潟市歴史博物館)で開催された「にいがたの近代建築〜明治・大正・昭和戦前期の建物〜」に資料提供をいたしました。
みなさんの郷愁の中にある失われた建物。見学しながら「あーあそこにあったよね。そうそう今では味気ない損保のビルになってるよね。」なんて声も聞こえてきました。“ないものねだり”かもしれませんが、もし残っていてくれたら・・・と思うばかりです。壊してしまったら終わりなんですよね。
湊にいがた 雛人形・町めぐり 2012年2月上旬〜4月上旬
雛人形展も今年で8回目になりました。雛人形を展示する市内の様々な文化施設やお店との連携の輪が拡がり、早春の町あるきを楽しむ方も増えたようです。
お越しいただいたお客様には、新潟市内だけの雛巡りではなく、県内外各地の雛人形展示を巡っている方も多くいらっしゃり、あちこちの話題を教えていただくことができました。「新潟の雛人形は非常に古いものがある」「雛人形だけでなく展示施設が魅力的」といった嬉しいご意見や、「展示施設が広範囲に点在していて戸惑う、交通手段が不便」といった今後の課題もいただきました。
当グループでは、・旧小澤家住宅 ・小さな美術館“季” ・ギャラリー蔵織 ・今代司酒造を中心に展示を行いました。また、旧小澤家住宅では江戸時代のからくり人形も展示。週末に行った動態実演には多くのお客様にお集まりいただき、講師の日根さん(越後大郷からくり館館長)の飄々とした爆笑トークに盛り上がりました。
柳都の華〜新潟花街史を観る 2012/1/9〜1/31
「新潟の花街」(藤村誠:著 朱鷺新書)出版を記念し、ギャラリー蔵織にて開催しました。
花街研究資料として提供されたコレクションの数々を所狭しと並べた「特盛り」の展示でした。芸妓の写真や錦絵、古地図、すごろく、色街新潟を記した書籍、女性をモチーフにしたポスター等々。色街新潟、時代もいろいろ、ジャンルもいろいろ。芸妓もいろいろ、まさに「いろ尽くし」でしたなぁ。
さらに、南魚沼市の旧家高橋家の高橋捨松翁が写した明治時代の新潟の乾板写真の数々、2月後半から開催予定の雛人形展で展示されるお雛様のプレ展示も行われました。これらは花街や芸妓といったテーマとは少し距離をおくものですが「歴史は寄せ鍋。すべてが新潟であり連なっているものである」という主旨で展示展開をしています。当サークルでは一つのテーマから次々と関連し派生していく様々なコレクションを広くご紹介し、湊町新潟の歴史の多様さや連続性を訴えたいと考えています。
今回の展示の主題「新潟の花街」については、2012年11月まで毎月一回、藤村先生の講演が続きます。詳細な日程やお申し込みはギャラリー蔵織(電話:025-211-8080)へ。
1回目(1月)江戸時代の新潟花街(古町、下町、嶋)
2回目(2月)続・江戸時代の新潟花街(古町、下町、嶋)
3回目(3月)明治時代の古町花街(美妓・名妓列伝)
4回目(4月)続・明治時代の古町花街(美妓・名妓列伝)
5回目(5月)昭和初期の新潟花街(古町、下町、沼垂)
6回目(6月)新潟遊郭の成立と変遷
7回目(7月)新潟遊郭の2本柱
8回目(9月)新潟遊郭のよもやま話
9回目(10月)新潟花街を二分した踊りの二大師匠
10回目(11月)会社員芸妓「柳都さん」の誕生
資料とコーヒー付きで参加費は各回1000円です。
興味のある回だけの参加も可能です。
新潟湊 廻船問屋の記録(みちのく丸寄港記念企画展) 2011/8/16〜8/18
新潟市指定文化財 旧小澤家住宅にて開催。
「北前船の一大寄港地として栄えた新潟のことを多くの人に知ってもらいたい」との主旨で、復元北前船みちのく丸の寄港に合わせ、同住宅と共同で企画しました。
明治時代の新潟のいろいろな廻船問屋の引札、小澤家の廻船があちこちの港で取引をした証文、当時の新潟の地図などを展示しました。
幕末から明治中期にかけて新潟に廻船問屋が増えた背景。そしてその衰退の理由。また、新潟湊が栄えた理由=海運と舟運の交差点であり、米の大きな生産地が後ろに控えていたこと、などを実際の取引記録や地図、引札などから解説・展開しました。
新潟古時計物語展 2011/6/2〜6/19
新潟市内の3会場にて「新潟古時計物語展」を開催しました。
第1会場:県政記念館
新潟の街に文明開化の時を告げた大時計たちー県政記念館の大時計と
その仲間たち(明治初〜中期)
県政記念館の修復された大時計の隣に、県内で現存していた当時の大時計を2台展示しました。こちらは修復されたものではなく、当時のままの姿の貴重な時計。今も動き続けている130歳の現役です。文明開花期の遺産として、時計の特徴や当時の輸入の経緯や時代背景などをパネルで紹介しました。
第2会場:ギャラリー蔵織
明治・大正・昭和戦前戦後、時計と新潟にまつわる12の物語
こちらでは明治から戦後占領期までの様々な時計と、それにまつわるエピソードを紹介しました。
・小千谷で発見された現存最古のボンボン時計 ・国産最初の普及型量産時計(当時の郵便局に配置されたもの) ・新潟大火で半分焼けてしまった時計 ・明治中期に東大畑で僅かに生産された通称:新潟時計 などなど盛りだくさんの内容でした。
また、併催した古時計修理相談では、予想を超える多くの時計や珍しい時計が持ち込まれ当方もびっくりしました。「これを機会に大切に使い続けたい」という方が多く、嬉しい限りです。
第3会場:燕喜館
江戸時代の和時計〜当時の時の知り方を探る
白山公園内の燕喜館には、江戸時代独特の「不定時法」の時刻表示ができる和時計を展示し、更に江戸時代の人たちがどのように時を知り、生活に使っていたかという考察をパネル展示しました。
新潟美人展 2011/4/13〜6/19
新聞や雑誌などのメディアが大衆化する過程で“新潟美人”のイメージがどのように形成されたのか。幕末から現代までの“新潟美人”の歴史をたどるという企画。
みなとぴあが、博物館的乾いた空間から、うす暗い中にしっとりとした情緒的な空間に生まれ変わったように感じられました。古くは、新潟は女の街だとか、杉と男の子は育たないとか・・言われてきたのは湊新潟の長い歴史の中から生まれたイメージであったことがよくわかります。
当グループからの寄託品は
・新潟美人錦絵各種
・戦前の新潟まつりのポスター。(当時は新潟川開とよびました。粋な芸妓の後姿のデザインは現代のポスターにも度々登場します。)
「新潟湊 雛人形展」「北前船の贈り物 江戸の雛人形展」と雛めぐり〜町歩き 2011/2〜3月中旬
当グループでは、中央区の旧齋藤家別邸と江南区の小さな美術館“季”を中心に展示を行いました。
雛まつりは親から子へ受けつがれ、家族や地域の絆を深める心の文化として大切な節句行事です。
また郷土に残る大切にされた雛人形たちは北前船の最大の寄港地として江戸から明治に殷賑を極めた湊新潟に残された貴重な文化遺産でもあります。北前船は衣食住のあらゆる文化を伝播させ、地元の文化と交流して新しい文化を発展させてきました。現在の新潟の多様な衣食住の文化は北前船の遺産と言えるものです。
「北前船によって育まれた新潟の文化を今一度残されたこのような遺産で見直して見る」を企画趣旨に始まった展示も今回で7年目です。
また、ここ数年は市内各地で展観されている雛人形で新潟の春の一日ひなめぐりの街歩きを楽しんでもらおうという、ゆるい連携の輪が広がっており来年以降も期待されます。
小林かいちと日本のアールデコ展 2011/1/6〜2/8
ギャラリー蔵織にて開催しました。
アールデコは1920〜30年代(大正末期〜昭和初期)にかけて流行した一連の装飾デザイン様式のことで、この名前は1925年(大正14年)パリで開催された、装飾美術博覧会の略称です。これを機に欧米に流行したデザイン様式で、この風潮はリアルタイムに日本に持ち込まれ、日本的に姿を変えて、折からのマシンエイジの機械化、大量生産に乗って衣食住の多くのものに影響を与えました。
時あたかも地方にも都市化、近代化の波が押し寄せてきた時代で、新潟の建造物にもその影響は現れました。当時の個性的なビルやモニュメントが現在も残されていますが僅かです。これは戦後、機能主義一辺倒のモダンデザインが流行すると共に古い建物は壊され、無機質なガラス箱の建物が増えてしまった結果です。
新潟においても古い伝統的な家屋は保存の機運に有りますが、こういった昭和初期の都市文化の遺産は多くが壊され、認識は今一つで、まだまだこれからです。しかし、60年代以降人間的な都市を創る為には古いものと新しいものとの共存が必要であり、したがって古い建物の歴史的意味を保存し、現代の都市空間に組み込んで再生させるという考えも芽生えてきました。
この企画展では新潟に残された1920〜30年代のアールデコの香りを再発見。日用品などは実物を展示し、建物などはマップとともにパネル展示しました。
湊新潟・江戸からくり夢工房展 2010/5/6〜5/25
江戸のからくり人形こそ現代のハイテクロボットの原点!
明治以降、いち早く欧米技術を受け入れ発展した原動力に江戸庶民のからくり文化があったことは間違いありません。そんな楽しくも奥深い江戸からくり(人形)の世界を現代に復元している
「越後大郷からくり館 」の館長・日根之和(ひね ゆきかず)さんの作品と江戸時代当時の「からくり」作品や資料を展示がギャラリー蔵織で開催されました。当グループも江戸時代のからくり技術を著した当時の書物やからくりおもちゃ(おもちゃという表現が当てはまるか!?)他、日用品などを寄託しました。
越後大郷からくり館のホームページはこちらをご覧下さい。
新潟湊 雛人形展 於旧齋藤家別邸 2010/3/2〜3/7
雛人形を飾る雛祭り。その起源は「ひとがた」に穢れを移し、「かたしろ」として流した古来の行事に、女の子の「ひいな遊び」が融合したものと言われます。紙ひいな、立雛という素朴な形から、泰平の江戸時代になると「寛永雛」「元禄雛」「享保雛」など、品格ある面立ち、豊かな装いの女雛男雛を一組とする典雅な雛人形に姿を変えていきました。
北前船と呼ばれた廻船の寄港地として栄えた新潟湊には、上方からこうした雛人形の文化も同時代に運ばれています。
齋藤家は明治期に海運業ほかの経営で伸張した、近世廻船業の流れを汲む豪商です。
豪壮な別邸の、初春の庭を観望するお座敷に飾られた雛人形たちから、北前船時代に殷賑をきわめた新潟湊の豊かな文化を多くのお客様にお伝えすることができました。
月岡芳年と豊原國周の明治浮世絵女性展 2010/1/7〜2/2
月岡芳年と豊原國周の明治文明開花期の浮世絵女性像。ギャラリー蔵織 斉藤家に伝わる「風俗三十二相」と新潟の芸妓を役者絵として描いた「恋湊女浪立田」、石版「新潟名所すごろく」等を展示。“洋傘を持つ新潟芸妓 会津屋はま”の艶姿など、江戸・明治の絵師たちが押し寄せてきた文明開化を巧みに描いた興味深い作品です。精巧な木版技術にも驚きます。
藍の華 筒描展 パートU 併催:江戸の雛人形展 2009/2/3〜3/3
2度目の「筒描展」。小千谷で長年集められてきたコレクションを中心に展示しました。
幾多の災害をたくましく生き抜き、大切にされてきた古い越後上布。筒描の定番ともいえる松竹梅や鶴亀といった吉祥模様が描かれた夜具や風呂敷。また、今回は中越沖地震の倒壊寸前の家屋から救い出された、紺屋さんの型染め型紙なども展示しました。
防染糊で描かれた精緻な絵画のような図柄、大変細かな模様が抜かれた型紙などを、目を凝らし熱心にご覧になられるお客様が印象的でした。
ポスターに見る新潟まつり展 2008/7/28〜8/18
戦前から現代までの「新潟まつり」のポスターの展示です。
ポスターだけでなく、花火の番付表や絵葉書なども展示しました。戦前は新潟でも打ち上げられていた三尺玉のエピソードなども皆さんびっくりだったようです。今では都市化した新潟ではさすがに三尺玉は無理ですね。・・・なんだか残念。
明治・大正・昭和 ハイカラ古裂展 パート2 2005/9/3〜9/15
古裂は愛好者の方が多く、また昨年のアメリカ展なども話題となり、この頃は毎年古裂展を開催していました。ハイカラ古裂は貸与依頼の多い品物でもあります。
ウェアリング プロパガンダ展(日本・英国・米国 1931-1945) 2005/11/18〜2006/2/5
ニューヨーク、ペンシルベニア州、ハワイでの巡回展
米国のジャクリーン・アトキンス女史はコロンビア大卒後、フルブライトの留学生として日本を訪れ、日本の文化やテキスタイルに興味を持ち研究したそうです。その後ニューヨーク大学でその研究対象の「日欧の戦時テキスタイル」の研究成果を纏めるべく「Weaing Propaganda展」を企画し、ニューヨークを初めコネチカットやハワイに巡回して大成功をおさめました。我がハイカラ文庫はその展覧会に日本側の協力者として資料をお貸ししました。
明治・大正・昭和 ハイカラ古裂展 2005/9/3〜9/15
小さな美術館“季”さんは、江南区の松山にある静かなギャラリーです。
北前船の贈り物 江戸の雛人形展 2005/2/25〜2/27
新潟に春の訪れを感じさせる「雛人形展・ひなめぐり」もここから始まりました。東堀4の古い町家を改装した画廊「Full Moon」にて3日間だけの開催でした。
スマートで洗練された印象の享保雛や、丸顔が特徴の次郎左衛門雛、典雅な雛道具の数々など70点ほどを展示しました。
初期伊万里展 2004/7/20〜9/5
こちらは上越市で開催されました。今町(直江津)も北前船の重要寄港地です。
肥前磁器は伊万里港から船で広く全国に運ばれ、そのため港の名をとって伊万里焼と呼ばれました。
日本海側の海運は秀吉が朝鮮出兵のために肥前・名護屋城に全国の諸大名を終結させたため、兵糧米輸送で海路が開け、江戸時代に入っても天領米や大名の余剰米を江戸・大阪に運ぶ必要性から整備されています。
従来、北国米は敦賀・小浜から琵琶湖を経て京阪に運ばれたのが、1639年頃から海路、下関廻り瀬戸内を経て大阪に運ぶ方法が始まります。
肥前陶器(唐津焼)が誕生後間もない慶長(1596〜1615)頃に北海道にまで多量に流通し始めるのは、秀吉時代に進んだ米や木材など遠距離輸送の活性化に乗ったためです。
1610年代に生産が始まる肥前磁器も陶器で実績を上げた日本海ルートに乗って日本海側に早くから流通しました。
また新潟県佐渡金山が最も栄えたのは17世紀前半であったため、佐渡では明末の中国磁器とともに唐津焼、初期伊万里が多くみられます。最初期に作られた特徴を持つ初期伊万里が、佐渡、出羽などで出土しており、太平洋側東日本より、流通が活発であったことを裏付けています。
ハイカラさんがやってくる 〜明治・大正・昭和ハイカラ古裂デザイン史 2003/4/6〜8/29
戦前おなじみだった織物モスリンの柄やデザインは、当時の文化や世相、思想などを反映したものが多く見受けられます。エレガントなものから庶民的なものまで雰囲気は様々ですが、どれもモダニズムを意識したものばかり。モダンな感覚の「ハイカラ古裂」はギャラリーの皆さんたちにとても新鮮にうつったようです。