1月2013

第26回会津と越後を語る会新潟大会

第26回会津と越後を語る会新潟大会

10月20日(土)、新潟市北区文化会館ホールで「会津と越後を語る会新潟大会」が開催され、400名をこえる参加者があった。新潟郷土史研究会も実行委員会(主催者)の一団体として、大会準備から当日の実施に至るまで積極的に活動・運営を行った。
大会では次のような発表・報告がなされた。

1 新潟大会の開催にあたって
  会津と越後を語る会新潟大会実行委員長 伊藤 善允
2 歓迎のごあいさつ
  新潟市長 篠田 昭
3 講演
会津と東蒲原の近代―日本近代史の中の福島県と新潟県―
  新潟市文化財保護審議会会長  本間 恂一
4 研究発表
・伝承の中に於ける金上盛備
  会津蘆名一族研究会副会長    長谷川慶一郎
・『殉節之碑』建立に携わった人びと
  新潟郷土史研究会事務局長   高橋邦比古
5 歌
ああ津川城―勇将金上盛備伝―
  音楽制作会社D・rect代表    山﨑 至峰

本間恂一氏は、若松県の成立や福島県の成立、そして新潟県の成立など明治初年の地方政治の変動を経て、結果的に明治19年東蒲原郡が新潟県に編入された背景について、若松県の分県運動や福島県庁移転問題、「地方人民(東蒲原郡)」の移管移転への考え、さらに山県有朋内務大臣の指示等々、当時の史料を具体的に紹介しながら詳細に説明された。
長谷川慶一郎氏は、戦国大名蘆名氏の重臣金上盛備について、その人間性とともに、なかでも第3回上洛時でのエピソードや磐梯山裾野の摺上原での合戦など、戦国武将としての「武勇」を紹介、強調された。この発表に続いて、山﨑至峰氏が「ああ津川城―勇将金上盛備伝―」を歌い、会場を盛り上げた。
高橋邦比古氏は、新潟市中央区西大畑町の新潟大神宮に建つ、戊辰戦争の中新潟で戦死した会津藩士の鎮魂碑「殉節之碑」について、その建立に至るまでの苦難や協力、そして多くの人々に支えられながら建立が実現していった経緯を、詳細な資料を映像で提示しながら発表された。
最後に、森田慶一氏より「来年は10月1日(火)に会津で第27回越後と会津を語る会」を開催したい。多くの方々から参加していただきたい。」と挨拶があり、大会は終了した。